各宗派の思想を考える(黄檗宗)

各宗派の思想を考える(黄檗宗)

黄檗宗の法話から。

黄檗宗祖隠元禅師は「生命」を限りなく尊んだ方でもありました。「吾海外にあること数載、ただ人に勤めて修福放生を急務となす」という言葉に代表されるように、隠元禅師は生きとしいけるものへの限りない慈悲の心をことあるごとに布教されたのです。自らもそれを実践され、生きものを元の自然に返してあげる放生会という法要をたびたび行われました。また、隠元禅師は両親への孝行心が非常にあつい方でした。とくに幼い頃に父を亡くした隠元禅師は母親を大切にし、禅師がなくなられる二日前にも弟子たちに両親への孝行心の大切さを説いたといわれます。僧俗を問わず、いつどんな時代に生きたとしてもこの「生命を大切にする心」と「両親を大切に知る心」は、人間にとってなくてはならないものなのです。

葬儀費用の抑え方は自分で決定しましょう。生前予約をお勧めします。

特に若年層に生命軽視の傾向が見られる昨今。動物虐待やいじめの悲惨さは度を増していくばかりに思います。モノがあふれ、豊かになったはずの時代なのに、心は貧しくなる一方ではいったい何が良くて何が悪いのか解らない世の中になってしまった気がします。

自分に命を与えてくれた両親と、自分以外の命を大切にするということは、全ての生命が平等であるということのもとにある教えだと思います。しかしながら、友達のような親子関係を作る家庭も増えていますが、それが良いか悪いかは別として、人はみな対等であるという認識はいいとしても、目上の人を敬い尊ぶという行為を身につけられないでは、大切なものを見失う結果になるだけのようにも思えます。

昔の家では良く見られた、仏壇に毎日手を合わせる、ご先祖様に一日を報告するなどの行いは近頃の住宅事情の問題もあり、見られなくなりつつあるようです。日本人の敬いの精神は仏壇が根本のようにも思えます。核家族化、少子化問題により、家族の会話が減り、コミュニケーションが減少傾向にあっても、ご先祖さまが見守ってくれてるという思いが、子供の精神を守ってくれるようにも私は思えるのです。今の時代だからこそ、亡き故人を偲び手を合わせ、心の中で対話を重ね、命への敬いの心を育てなければならないのではないでしょうか。

大切な人が亡くなって、家族は悲しんでいる暇もなく葬儀の段取りを決めなければなりません。気持ち、時間に余裕のない中、安く抑えたいという気持ちはあるけれど、故人の事を思うと、やはり見栄えを考えたり、人生の締めくくりとして盛大に送り出したいという、送る側の気持ちが前に出てしまいます。送る側の人の事を考えて、生前予約をお勧めします。自分が生きている間に葬儀の規模、内容等を葬儀社と打ち合わせしておくのです。そうすれば、故人の意思として尊重され、送る側は余計な費用を抑えることができます。葬儀費用の抑え方は自分で葬儀を決定しましょう。